松島博物館「松島湾三町文化財展」

 

松島湾三町文化財展

松島湾が風光明媚な地として知られ、多くの和歌に歌枕として詠み込まれるようになるのは平安時代。8世紀はじめ、陸奥国府の開府により赴任した貴族たちがこのエリアの美観を伝え、みやこびとのあこがれとして広まってからのことです。

もちろんそれ以前から、松島湾にはひとの営みがありました。松島湾一帯は多くの貝塚が密集していることで知られていますが、これはひとびとが縄文時代初期からこの地域で暮らしていたことを示しています。
以前、磯崎地区のカフェ「カフェ ママゴ」(休業中)を取材したときに、併せて近隣にある西の浜貝塚を訪問しました。その際の記事は、こちらをご参照ください。

【休業中】カフェ ママゴ

宮城郡を構成する3つの自治体、松島町・利府町・七ヶ浜町は、いずれも松島湾に面しています。
今回、これら三町の共同での文化財展が企画されました。その第1回が観瀾亭のとなり、松島博物館で開催中です。
(なお、出展されている文化財は撮影禁止です。今回、特別な許可を得て撮影しています)

七ヶ浜町から出展されているのは、古代の塩づくり道具です。
隣接する塩竈市に製塩の神さま・塩土老翁しおつちのおじを祀る鹽竈神社があるとおり、松島湾一帯は長い歴史を持つ製塩地帯でした。
今回の企画展では、七ヶ浜町内にある縄文・弥生時代の遺跡や貝塚から出土した製塩土器などが展示されています。
(松島町内の遺跡からも、塩づくりの道具は見つかっています)

七ヶ浜町の展示

利府町の展示

宮城郡を構成するもうひとつの自治体である利府町は、国府・多賀城に隣接する要衝でした。
多くの史跡・遺跡がある利府町ですが、今回はそのひとつである熊野堂遺跡から出土した土師器はじき須恵器すえきなどが展示されています。

熊野堂遺跡は、7世紀から中世にいたる複数の時代の遺跡が同一の場所に残されている複合遺跡です。
今回の展示でも、時代をまたいだ遺物が並べられています。

のちの時代からは、令和2年は新型コロナウイルス感染症の世界的流行によって語られることとなるのでしょう。
人類の歴史は、感染症との闘いの歴史でもあります。過去の例として、明治の宮城県におけるコレラの流行についてパネル展示が行われていました。

松島町教育委員会の森田義史さんによると、後世に語り継ぐために、COVID-19の感染拡大によって生まれたさまざまな資料を収集し残していく試みも行われているそうです。

感染症の歴史

観瀾亭から見た福浦島

松島博物館は、観瀾亭の観覧料をお支払いいただくと、併せて入館できます。

観瀾亭(かんらんてい)

観瀾亭でお茶やお菓子といっしょに眺望をお楽しみいただいたあとにでも、お立ち寄りください。
写真は取材日当日、観瀾亭の縁側の前から見やった福浦島方面の眺望です。


今回の展示は9月27日(日)で終了となります。続いて10月10日(土)~11月29日(日)には七ヶ浜町歴史資料館、12月12日(土)~令和3年2月14日(日)には利府町郷土資料館を会場に、三町合同の企画展が催される予定です。
会場ごとに違う文化財が展示される予定、と教育委員会の森田さんが教えてくれました。

松島湾という領域で積み重ねられてきたひとびとの暮らしの歴史に、触れてみてはいかがでしょうか。

やちよ知ってるよ。
松島ではむかしから、たくさんのひとが暮らしてたんだよ!

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